絵本で育む子どもの自己調整力:保育現場で実践する読み聞かせと絵本選び
非認知能力は、子どもの健やかな成長と将来の成功に不可欠な要素として、近年注目を集めています。その中でも「自己調整力」は、感情や行動をコントロールし、目標に向かって粘り強く取り組む力を指し、保育現場においてもその育成が求められています。本記事では、絵本の選び方と読み聞かせを通して、子どもの自己調整力を効果的に育むための専門的な視点と実践的なアプローチをご紹介します。
自己調整力とは何か:その定義と保育における重要性
自己調整力とは、自身の感情、思考、行動を意図的にコントロールし、特定の目標達成に向けて調整する能力を指します。具体的には、衝動を抑える力、集中力を維持する力、感情を適切に表現する力、課題に直面した際に計画を立てて実行する力などが含まれます。
この能力は、学業成績のみならず、社会性や対人関係の構築、問題解決能力といった幅広い領域において、子どもの発達に深く関与しています。保育現場では、集団行動のルールを守る、友達と玩具を共有する、自分の思い通りにならない時に気持ちを切り替えるといった日常の様々な場面で、子どもの自己調整力が試され、また育まれる機会があります。この力を意図的に支援することは、子どもたちが自己肯定感を持ち、主体的に活動できる基盤を築く上で極めて重要です。
絵本が自己調整力を育むメカニズム
絵本は、子どもたちが多様な感情や状況を安全な形で体験できる貴重なツールです。物語の世界に没入することで、子どもたちは登場人物の感情や行動を追体験し、自己調整力の発達に繋がる以下のメカニズムが働きます。
- 感情の理解と表現の学習: 絵本の登場人物が喜怒哀楽を経験し、それを乗り越える過程を見ることで、子どもたちは自分の感情に名前を付け、他者の感情を理解する手がかりを得ます。
- 問題解決と行動の選択肢の提示: 物語の中で登場人物が困難に直面し、様々な選択肢の中から解決策を見つける姿は、子どもたちに問題解決のプロセスと、状況に応じた適切な行動を考える機会を提供します。
- 衝動の抑制と待つことの学習: 物語の展開を注意深く追うことは、子どもたちの集中力を養い、すぐに結果を求めずに情報を処理する能力、つまり衝動を抑制し、待つことの重要性を間接的に伝えます。
- 共感と他者視点の獲得: 登場人物の視点に立つことで、子どもたちは他者の気持ちを想像し、自身の行動が他者に与える影響を考えるようになります。これは、社会的な状況での自己調整に不可欠な要素です。
自己調整力を育む絵本の選び方
自己調整力の発達段階は年齢によって異なります。保育現場で絵本を選ぶ際には、以下の視点を取り入れることで、より効果的な支援が期待できます。
1. 感情の多様な表現が描かれている絵本
登場人物が様々な感情(喜び、悲しみ、怒り、不安など)を豊かに表現し、それを乗り越える過程が丁寧に描かれている絵本を選びましょう。これにより、子どもたちは自分の内なる感情を認識し、適切な言葉で表現する方法を学びます。
2. 葛藤や困難を乗り越える物語
登場人物が何らかの目標に向かって努力したり、誘惑に打ち勝ったり、失敗から学びを得たりする物語は、子どもの粘り強さや諦めない気持ち、そして計画性を育む上で有効です。具体的な問題解決のプロセスが示されているものが理想的です。
3. 因果関係が分かりやすく描かれている絵本
特定の行動がどのような結果を招くのか、登場人物の選択とその後の展開が明確に描かれている絵本は、子どもたちに行動の選択とその責任について考える機会を与えます。これは自己の行動を調整する上で基礎となる考え方です。
4. 身近な生活経験と結びつきやすい絵本
着替えや食事、友達との関わりなど、子どもたちの日常に即したテーマの絵本は、物語の内容を自分事として捉えやすく、具体的な行動への結びつきが強まります。
保育現場で実践する読み聞かせのコツ
絵本の読み聞かせは、単に物語を読み上げるだけではなく、子どもたちとの対話を通して学びを深める機会となります。自己調整力を育むための具体的なアプローチを以下に示します。
1. 読み聞かせ前後の対話の重視
- 読み聞かせ前: 「この絵本の主人公はどんな気持ちになると思うかな?」「もし〇〇ちゃんだったら、どうする?」といった問いかけで、子どもたちの興味を引き出し、物語への期待感を高めます。
- 読み聞かせ中: 登場人物の感情が変化する場面で、「今、〇〇ちゃんはどんな気持ちかな?」「どうしてそうなったのかな?」と、一時停止して問いかけることで、感情の言語化を促します。
- 読み聞かせ後: 「もし自分が主人公だったら、どうしただろう?」「あの時、違うことをしていたらどうなったかな?」など、物語の展開や登場人物の行動について深く考える対話の時間を設けます。これにより、自分の行動を振り返り、代替案を考える力を養います。
2. 具体的な状況と結びつける
絵本の中の出来事を、保育室や家庭での具体的な経験と関連付けて話すことで、子どもたちは物語の内容をより現実的なものとして捉え、自己調整のヒントとして応用しやすくなります。「この前、〇〇くんがおもちゃを貸してって言えなかった時、絵本の〇〇くんみたいに困っていたかな?」のように問いかけることも有効です。
3. 感情の言語化を促す
子どもたちが自分の感情を言葉で表現できるように支援します。「怒っているんだね」「悲しい気持ちになったんだね」など、保育者が子どもの感情を代弁することで、子どもは自分の感情を認識し、表現する方法を学びます。これは感情の自己調整の第一歩です。
4. ロールプレイや遊びへの発展
読み聞かせた絵本の登場人物になりきって、簡単なロールプレイをする機会を設けることも有効です。これにより、子どもたちは物語の世界をより深く体験し、登場人物の感情や行動を実際に演じることで、自己調整のスキルを実践的に身につけることができます。
自己調整力を育む絵本の具体例
自己調整力の育成に特に役立つ絵本は多岐にわたりますが、ここでは具体的なテーマに沿った例を挙げます。
- 『こんとあき』 (林明子 作・福音館書店): 大切なぬいぐるみをなくした幼い少女「あき」が、それを探すために一人で旅に出る「こん」を待つ物語。待ち望む気持ち、不安、そして再会への希望といった感情が丁寧に描かれ、待つことの忍耐力や、困難な状況下での感情のコントロールについて考える機会を提供します。
- 『わたしのワンピース』 (西巻茅子 作・こぐま社): 白いワンピースを着たうさぎが、空を飛ぶ鳥や花畑、雨などに出会い、そのたびにワンピースの模様が変わっていく物語。予期せぬ変化への対応や、想像力を通じた感情の受容、そして変化を楽しむ姿勢を育むきっかけとなります。
- 『いやだ いやだの いやだもん』 (作:ヘレン・オクセンバリー、訳:谷川俊太郎・福音館書店): 何でも「いやだ」と反抗する子どもの日常を描き、自己主張と葛藤の感情を扱います。この絵本を通じて、子どもたちは自分の「いやだ」という気持ちと向き合い、時にはそれを言葉で表現する重要性、そして我慢や妥協の必要性を感じ取ることができます。
まとめ
絵本は、子どもたちの豊かな想像力を刺激し、多様な感情や行動のパターンを学ぶための強力な媒体です。特に自己調整力の育成においては、感情の理解、問題解決思考、衝動の抑制といった要素を、物語を通して安全かつ効果的に支援することが可能です。保育現場において、適切な絵本を選び、対話を重視した読み聞かせを行うことで、子どもたちは自己調整力を着実に育み、将来にわたる健全な成長の基盤を築くことができるでしょう。本記事でご紹介した視点と実践例が、日々の保育活動の一助となれば幸いです。